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最近、色々あるけど整理できていない。
パレットの上にはたくさんの色があって、無限の可能性がある、幸せ。 好きな人や物ができると世界が変わる気がする。
中川財務・金融相が辞任して麻生政権はもうボロボロみたい。
日本もボロボロ。。 でも、G7後の中川氏の会見は歴史に残るくらい面白い会見だったと思う。 世界各国のメディアが報道するのも、無理はなく、それに値するものだと思う。 あれで大臣をしていたとは、すごいことだし、あんな姿を見せれる大臣はユーモアだと思う。 人は見かけによらず、というけど、あれでも今までやってきたのは、よっぽど何か長けてる所があったのではないかとも思う。 それが何かを知りたいのだけれど、メディアは中川氏の悪いところばかり報じて、いいところは報じない。僕がメディアだったら、こんなとき、あんなに面白い会見をするけど実はすごい人なんだよってことを伝えることを考えると思うけど。そうでないと、あれだけを見た子供はきっと失望してしまうから。 度が過ぎるのはよくないことはわかってるし、正直あの会見を見て、僕もないなって思ったけど、本来在るべきは、たとえ大臣であっても見た目よりも中身で判断すべきだと思う。 見た目も中身も似たような人もいるけど、そうでない人もいるってことを僕は知っている。中川氏がどうだったかは知らないけど。本当に有益な人だったら周りがもっとフォローしなければならないのに、誰もしようとしないから悲しい。 こんな世界情勢だからこそ、大切にすべきものを大切にしなければならないのに、時勢に流されてなくなっていくのであれば、悲しすぎる話である。
エドワード・ズウィック監督の「ブラッド・ダイアモンド」という映画を観ました。
紛争ダイアモンドのおそろしい現実の話だけど、多くの人に見てほしいと思いました。 僕たちは、何にもわかっていません。 これまでもそうだけど、これからもそうです。 だけど、少しは知ることができます。 ホテルルワンダやイノセントボイスを観たときにもそう思いました。 平和な世の中って何があるんだろう。 僕はただ主人公が最後にみたような景色をみてみたいと思いました。
神様は存在じゃなくて働きなんだって、最近読んだ遠藤周作の本に書いてあった。
神様がいるかどうかは知らないけど、運命とか奇跡とかは神様が決めているのかもって思いたくなるときもある。 嫌いだと思える気持ちは、信じる気持ちがあるから。 何も信じてなければ、きっと嫌いだという感情は生まれない。 面倒だって思う気持ちは、思いやりの気持ちがあるから。 優しさの方向がずれているだけのことだと思いたい。 不思議なことだらけな世の中で、神様がいたって、そんなにおかしくはない。 ![]() 大好きな曲です。このマキシの2曲目に入っている「モザイク」をリピートさせながら眠りにつくのが最近の習慣です。
人間は考える葦、なんて言った人がいるけど、考えるとはどういうことか。
知識や経験を思い出しながら考える。 言葉の意味のつながりで考える。 言葉のない紙芝居みたいに場面場面の想像の連鎖で考える。 数値みたいな指標に置きかえて考える。 他人の立場になって考える。 自分の中にある正義の天秤にかけて物事のいい悪いを考える。 そのときの感情だけで考える。 たぶん表面上の言葉だけで考えてたら、つまらない考えしか浮かばないことが多いと思う。 かといって言葉なしの想像だけでは、夢みてるだけの現実性のない考えになってしまうことが多いと思う。 今まで生きてきた中で身につけた、何となくの考える方法を変えたいと思う今日この頃です。
幸せってなんだろうか。
考えることじゃないかもしれないけど、少し考えてみる。 幸せはひとそれぞれ。時と場合にもよる。 暖かい毛布に入ったとき。 美味しいピザを食べたり、アイスティーを飲んだとき。 素敵なメロディーを思いついたとき。 帰る場所があること。 好きな人に抱きしめられたとき。 幸せな人を見つけたとき。 子供の笑顔。 目標をやり遂げて、新しい目標に向かうとき。 きれいに感じること。 雨が空気をきれいにして虹ができる風景。 醜い世界を全て燃やし尽くす炎が美しいと思う感情。 当たり前のように明日がある命。 見方を変えれば、もっとある。 何も考えないことだって幸せかもしれない。 認めることだって幸せの一つ。 考えることも、感じることも、体を動かすことも幸せ。 恥ずかしく思うことも、後悔することも、もしかしたら見方を変えて幸せに繋がるかもしれない。 自己暗示にかかる自分。 真実はいつだって自分の前にしかない。 時間の流れなんてクソッ食らえだ! 変わらないこと。変わること。 忘れないこと。忘れること。 不思議だと思う。
ひとつずつは大したことじゃないのに、嫌なことが重なって、何もかもが嫌になった。
今まで平気だったことでも、面倒に感じる。 もうどうだっていいんだ。 離れてみたら、まだ若いってことか。 一歩離れて、二歩離れて、しまいには何も見えなくなるまで離れて、見渡してみる。 凍りつくよりも冷たい感情になって考える。 時間は止まって、温度はもうない。 外は眩しすぎて目を開けれない。 風の音だけを聴いていたい。 透明になりたい。
少し遅いですが、おくりびと、という映画を観ました。
一言でいって、いい映画だと思いました。 納棺師という独特な職業についての映画ですが、理解しやすく、いろいろ考えさせられます。 ほんわかとした雰囲気の中にも、生と死についてのメッセージが含まれている気がしました。仕事が終わって、チキンを両手に黙々と食べるシーンは、特に印象に残っています。 キャストもはまり役が多くて、さすが久石譲さんの音楽もぴったりで、いい映画とみんなが評するのも納得しました。 ![]() ブランキーの音を最初に聴いたのは、高校生のときでした。それから時間をかけて今ではじっくり聴くようになりました。 3ピースバンドとは思えないほどの深い音です。3人が作り出すBlankey Jet Cityという世界感に圧倒されます。 気に入っているアルバムはたくさんあるけど、このアルバムは特に気に入ってます。 その中の「車泥棒」という曲の詩を紹介します。 「車泥棒」
ときどき何がしたいのか見失っている。本当は何がしたかったんだっけ?本当にしたいことなんかはじめから何にもなかったのか。
時間が経つのが早い。 誰かに操られている操り人形にはなりたくない。 何かを見つけるために、一生懸命、何かをする。 何かが見つかったら、それのために一生懸命する。 気に入らなければ作ればいい。 意味がないのにも、意味がないという意味がある。 明日から、また出張。 ![]() 広島にサロンシネマという映画館があって、映画をのんびり観たいときにはよく足を運びます。古き良き映画館みたいな雰囲気があって、座席もソファーみたいになって快適です。そして上映している映画が自分と合っていることが多いので、お気に入りの映画館です。古い映画の再上映もやってて、このノーカントリーも2007年の作品だけど、上映していました。 この映画はすごい作品だということは聞いていましたが、本当にすごい作品でした。いろんな意味ですごい作品だと思いますが、特に緊張感があるというか、観ていて汗をかいてしまうような映画です。暴力的な映画は途中で観れなくなることが多いですが、この映画はすごい暴力的で理解不能なところが多いんだけど、しっかり観れました。モスが殺される場面やモスの妻がどうなったかを映さないところなんか、なるほどと思いました。シガーは理解不能な謎の人物でその後どうなったかも気になるところです。
お金に欲が深い王様は神様に言った。
「手に触れるもの全てを金貨に変えることができるか」と。 神様は「できる」と答え、王様の望みを叶えた。 すると、王様の手に触れるものは、ありとあらゆるもの全てが金貨に変わっていき、王様は大喜びした。これで欲しいものは何でも手に入れられると思った。 しかし、お腹が減って食べ物を食べようとすると、スプーンもフォークも食べ物も全て金貨に変わってしまい、王様は金貨に埋もれながら死んでいくしかなかった。
山口県湯本温泉の大谷山荘という旅館に行ってきました。
きれいな空気を吸って、美味しい料理を食べて、気持ちいい温泉に浸かる。当たり前だけど、これも一つの幸せだと感じました。 ![]() ![]() 作ったブックカバーに最初に入ったのは、この本でした。 そして日曜日から今日にかけて読みました。ちょうど4つの話が入っていて一日一つずつ読むことができました。こんなにすらすら読むことができたのは、自作のブックカバーを手に取りたかったから。。。というのもあるかもしれませんが、きっとこの本が面白くて読みやすかったからだと思います。 今さら、とも思いますが、この池袋ウエストゲートパークはたしか僕が高校生くらいの頃にドラマでやってて流行っていた気がします。当時、友達からおもしろいよって言われてドラマを少しだけ見た覚えがあります。でも、僕だけかもしれませんが、流行物って流行になった時点で本気で見れない癖があって、結局ドラマもまともには見ないで、本が出てたことは知ってたけど、流行物って理由だけで自分からは遠いものになっていました。 こういうことはよくあって、解散してからそのバンドが好きになったり、いなくなってからその人を好きになったり。きっと現実をしっかり見ていないからだと思います。 話はそれましたが、この本も流行っていたけど面白いと聞いていたので、いつか読もうと思っていました。そしてたまたま本屋で目に留まり、読んでみることにしました。 読んでみたら、自分でも覚えているのが不思議なくらいドラマの映像が浮かんできて驚きました。ほとんど、まともに見ていないはずなのに。半分以上は自分の中で作っている映像かもしれません。でも本当に想像しやすい話で読みやすかったです。 最後の方、加奈とお互いに気持ちを知っているのに別れる場面で、「涙ぐみながら悲しいのか幸せなのか、もうおれにはわからなかった」っていう言葉が特に印象に残っています。
真実かどうかは知らないけど、こんな話がある。
新聞では木の伐採に関する環境問題があったとしても、あんまし取り上げないんだって。製紙会社に遠慮しちゃって自分のところに紙が入ってこなくなったら困るからだって。 爆弾作って儲かってる国は、世界が平和になっちゃったら苦労しちゃうから、戦争が起きるためにはどうしたらいいか必死に考えるんだって。 一人の患者が助かる可能性があっても、医学の研究のためになるらしく頭がいい医者は演技することがあるんだって。 ある国では、子供に本当の歴史の教育をしてはいけない国策があるんだって。 わざと長持ちしない機械を作って、修理や新しい製品を売ってる会社があるんだって。 ある人はこう言った。 「誰だって自分の不利になることは喋りたくないだろうし、自分の有利になることは隠しておくのが当然でしょ。消費者とか世論とかをいかに見方につけるかが大事なポイントなんだ。」 この世界ではもっともっといろんな歯車が回っていて、自分でも気づかない間に誰かが作った歯車を一緒に回してることもある。
無印良品で購入した透明のブックカバーに、たまたまあった雑誌を切り抜いただけですが、オリジナルのブックカバーを作ってみました。
岸田劉正さんの「道路と土手と塀」という絵の一部を切り抜いたあとに裏面を見てびっくりしました。偶然、いい表情をした狂言師が写っていて、リバーシブル対応となりました。たぶん裏返すことはないと思いますが。。 ![]() ![]() ![]() 読んだ本の感想を少し書こうと思います。 昔、小学生くらいの頃、読書感想文は大嫌いで国語も嫌いな教科の一つでした。本自体が好きではなく、字だけの本というものを小さいときに読んだ記憶はほとんどありません。それでも不思議なもので大学に入ったくらいから少しずつ小説とか評論とかいろいろ字だけの本も読むようになりました。今でもたくさんは読まないけど、読んだ中で気に入った本について忘れないうちに少しだけ感想を書こうと思います。 今回は伊坂幸太郎の「オーデュボンの祈り」。 伊坂幸太郎の本と出会ったのは、二年くらい前で一番最初に読んだのが「ラッシュライフ」という本でした。それから彼の本が好きになって、「グラスホッパー」→「陽気なギャング地球を回す」→「重力ピエロ」の順番に読んでいきました。そして最近一週間くらいかけて「オーデュボンの祈り」を読みました。「オーデュボンの祈り」は伊坂幸太郎のデビュー作です。 僕が伊坂幸太郎の本を気に入った一番の要因はたぶん登場人物だと思います。どの本でも個性溢れる登場人物がたくさん出てきて、いい雰囲気を出しています。また、小説の物語は一冊ごと完結するのが普通だと思いますが、伊坂幸太郎の本はそれぞれの本で微妙に登場人物や内容がリンクしていることも面白いところです。もちろん一冊ごと完結はしているとは思いますが、全部の本を合わせてみると、実は大きな物語になっているのではないだろうか、とも思わせられてしまいます。 今回読んだ「オーデュボンの祈り」には、変わった人物が登場します。「未来が見える」喋るカカシや、殺人が許されている男、なんて背表紙に書いてあるので、はじめは非現実的な物語かと思いましたが、読んでみると現実的だろうが非現実的だろうがあまり関係ないことがわかりました。面白い物語は現実的であろうが非現実的だろうが面白いものです。 非現実を裏返せば現実が見えることもあって、非現実な物語というのは、現実では伝えにくいことを伝える一つの手段ともいえます。そうなると、読み手次第で感じることはがらっと変わると思います。 今回、読んでみて特に考えようと思ったのは共存についてです。 物語には、絶滅する鳥・自然、傲慢な悪人、弱者と強者、平和に暮らす人などが登場して、意外と現実社会そのものです。ただ現実社会とは動かしているものが違うかもしれませんが、共存のあり方についてヒントが書かれている気がします。 一回読んだだけではもったいない気がするので、もう何回か読み直してみようと思います。 ![]() 最近よく聴くCDの一つです。部屋にいるときでも車でも、ずっと聴いていても飽きません。 実は坂本龍一さん(教授)についてはあまり詳しく知らなくて、CDもこの一枚しか持っていません。いろいろ社会活動をしてたり、たまに不思議な格好でテレビに出てるなー、ってことくらいしか知りませんでした。 いつもは好きになると、他の作品も買い集めてみたり、情報収集したりすることが多いのですが、不思議と教授の場合は他の作品がたくさんあるのに、ずっとこの作品だけを聴き続けています。どうしてかなあ、と考えてみると、この作品は自分に合っているということもあると思うけど、いい意味で満足しきってしまうことがないからだと思います。すごく好きで手が届きそうだけどなかなか届かなくて何回も挑戦しているような感じです。 教授のピアノの楽譜を一冊だけ持っていて以前から挑戦しているのですが、これについてもまだ一冊だけで何回弾いても飽きることがありません。(挫折しそうになることはあるけど。。) 以前、教授が「一つの音符が変わるだけで、全く別の曲になってしまう」と言ってたのを聞いたことがありますが、実際に楽譜で弾いてみてわかることですが、教授の曲は一音一音が本当に巧みに組み合わさっていて、その集合体としてあのきれいな音ができているのだと感動します。 今回、少しだけインターネットで教授の作品を調べてみると、実はこの/05の前に/04という作品があることを知ったので、これから/04も聴いてみようと思います。そして少しずつ他の作品も手をつけれたらなあ、と思います。 また、今年はツアーもあるみたいなのでぜひ生音を聴きにいってみようと思います。
今週はずっと船の上にいました。
陸に沈んでいく夕日を海の上から見ていました。 陸から離れすぎると陸に戻りたくなるけど、陸にずっといるときは離れたくなるときもあります。 ![]()
去年の年末に、後輪付近から「カラカラカラ」と異音がして突然後輪がロックされて動かなくなったベスパ。
レッカーで家まで運んでもらったはいいもののずっとそのまま放置されていた可哀相なヤツ。 今日、ようやく後輪を外してみたものの、回してみるとブレーキドラムの中から「カラカラカラ」という音が。。。何かがひっかかっている様子で、何とか回るけど嫌な感じ。 結局ブレーキドラムを解体しないと原因がわからないけど、解体するためのエアインパクトがないため今日は断念した。とは言っても今後どうするか、途方に暮れる。 買ったのは福岡だし、近くにバイクショップがないのはこういうとき不便だ。 今は忙しいし、とりあえず冬眠させるしかないか。。 ごめんよ、ベスパ。 ![]()
テレビでガザ地区の問題を特集していた。
ハマスはイスラエルの民間人にロケット弾を撃って、イスラエルはハマスをテロ組織と決めつけてこの際ハマスを武力で潰そうとしている。イスラエル軍とハマスの力の差は歴然でまともに戦ったらハマスが武力で勝てるはずはない。国連安保理は即時停戦を求める決議案を賛成多数で採択したが、アメリカだけは棄権としている。 ハマスはいったい何がしたかったのか。 話は違うけど、小学生の喧嘩みたいに映る。力がないいじめられっ子。いじめっ子は頭がいいから大人を味方につけて悪くない振りをする。手段を失ったいじめられっ子が卑怯な手段を使うと、それをさらにいじめるいじめっ子。先生はただ喧嘩はやめなさいっていうだけ。 この場合、いじめられっ子がハマスで、いじめっ子がイスラエルで、先生が国連ってとこかな。 でも、いじめられっ子が悪くないとは僕は思わない。いじめっ子が必ず悪いとも思わない。色んな背景があるわけで一言でいい悪いが言えるわけがない。 ただ卑怯な手を使うのは醜いし、きれいごとしか言おうとしない先生なんてくだらないと思う。 罪のない子供たちが殺されてると泣いていたキャスターが、特集の次の芸能情報では笑っていたのを見て、僕はテレビを消した。
ブログでも始めてみようかなと思った。
ブログじゃなくてもよかったんだけど、何か記録というかメモとかを残せたらいいなと思って。。 できたらホームページの方が格好いいかなとも思ったけど、まだよくわかんないしまずは簡単そうなブログにした。 そもそも今まで自分の思っていることを何かに残したりすることがほとんどなかったと思う。 日記とか書いたことがないし、メモとかもほとんどしないし。。 そのときそのときを生きてきただけで、自分が生きてきた証なんて今の自分の体と数枚の写真と周りの人の中にある記憶くらいでしかないと思う。 別にそれはそれでいいと思うけど、自分でも自分の考えてたこととか忘れてしまうし(まあ忘れるようなことは大したことではないのかもしれないけど)、最近に限ったことではないけどわからないことが多すぎるから、自分の気持ちを少し文章にしてみようと思ったわけである。 もともと僕は口数が多くないし、言葉を使って物事を考えるということもあんまししてこなかった気がするし、はっきし言って文章に自信はない。 言葉なんてただの言葉で、この世界にある言葉のほとんどはただの言葉遊びなんじゃないかって思っているくらいだ。(本当に誰かに伝えたい言葉なんてどのくらいあるんだろうか。) だから文章によって自分の感じていることをそのまま表せるなんて到底思っていないけど、今まで何にもしてこなかったのに比べたら、少しは面白いのではないかと思う。 ともあれ、自分を含めて他人の目はあまり気にせず、感じていることを素直に少しずつ言葉にしてみようと思う。その結果、無駄なぼやきが多くなるかもしれないが、その中に何かいい発見ができることを期待する。
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